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父が少年のわたしにこう言いました。「何を学ぼうとも,信仰を使って飛躍しなければならない場面に遭遇する。それが科学であれ,宗教であれ,他の何であれ,人がさらに高い知識を得るには,信仰に頼らなければならない。」

わたしは父の考えを拒みました。そのようなアプローチは思考力のない人のものであり,父が言った「信仰」はスキルや教育のなさ,怠惰への口実だと考えたのです。わたしは「信仰を告白」したくありませんでした。真理を知りたかったのです。そこでわたしは科学者になりました。天文学者です。でも,宗教の研究も続けました。信仰を事実や論理性と区別しながら,その信条を頭で検証していました。わたしの科学へのアプローチも同じです。推論と既知の事実を常に区別するように心がけています。そのようにしながら,いくつかの簡単な真理は理解できるようになりましたが,それは,わたしが期待していたものとは違っていました。

わたしは間違っていました。好きか嫌いかは別問題として(わたしは嫌いでした),信仰は科学の進歩も含むこの世の進歩の基礎をなすものです。わたしたちは他の人々が発見したことを信じていますし,人から教わったことを信じています。また,五感で知覚したことも信じていますし,理性自体も信じています。この世の人は皆,気付かないうちに信仰によって歩んでいるのです。誕生の瞬間,わたしたちは自分が生きていて知覚ある存在であるものの,知識がまったくないことを知ります。そのような無知の状態からの学習には,信仰を用いるしか方法はありませんでした。今,選択肢があるとすれば,どこに信仰を用いるかだけです。

わたしの場合,科学でも宗教でも,常に十分な量の信仰を用いてきたかと言えば,そうとも言えません。1つの例はブラックホールです。ブラックホールの存在はあまりにも非現実的で,他の多くの天文学者もその存在を疑問視していました。ところが,銀河系に中心が存在することを仮想した研究チームが銀河系の中心に小さな,強力な重力を有する何かが存在することを証明したときから,その考えは変わりました。これは現在のブラックホールの説明が完璧であることを証明するものではありませんが,方向性が正しいことは明白です。

では,わたしはブラックホールの存在に対して信仰を持つべきでしょうか。結局のところわたしには,結論を導き出すに十分な相対性理論に関する知識もありませんし,ブラックホールの存在の証拠もありません。でも,わたしは存在を受け入れています。なぜなら,研究をした人たちの人格や彼らが用いた方法,そして得た結果を信じているからです。

天体物理学は努力なしには習得できません。福音も同じです。若い宣教師として非キリスト教国である日本の人々にイエス・キリストについて教える準備をしていたわたしは,出発前の1か月間をかけて,新約聖書を入念に読みました。でも,パリサイ人的な読み方でした。「『このイエス・キリストという人物は何者なのか。みずからを神の子と呼ぶ非常識な言動をどうして受け入れることができるだろうか』と。そのような心境の中で,わたしはマタイ9:5-7の聖句に遭遇し,その聖句に展開されている人々を萎縮させたイエスの論理に目を留めました。足の不自由な人の罪が赦されたと言うイエスを危険な愚か者と考えた人々に対抗して,救い主はただこう言われただけでした。『あなたの罪はゆるされた,と言うのと,起きて歩け,と言うのと,どちらがたやすいか。しかし,人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが,あなたがたにわかるために』と言い。中風の者にむかって,『起きよ,床を取り上げて家に帰れ』と言われた。すると彼は起きあがり,家に帰って行った。」これよりも明白なことがあるでしょうか。

さて,この奇跡に関するマタイの記述,そしてわたしたちのだれよりも偉大なこの一人の御方が罪を赦されたという見解に対して,わたしは信仰を持つべきでしょうか。結局のところわたしはその場で出来事を目撃したわけではありませんし,それがどう記録されたかについてよく知りません。でも,わたしはイエス・キリストの実在を受け入れています。なぜなら,イエスを知っていた人たちの人格や彼らの証の真実性を信じているからです。さらにわたしは,イエスの教えに従うことによって自分の罪が赦されたことを知りました。このことから自分がどれだけのことを学び続けているかを考えると,驚くばかりです。

わたしはモルモン書についても同じように感じています。教育を受けていない一介の少年には書けない内容です。簡単に言えば,神の力によって翻訳されたのです。現代の預言者についても同じように感じています。わたしはジョセフ・スミスが真理を語ったと信じています。同様に,現代の預言者たちも真理を語っていると信じています。

人生のこの時期になって,わたしには回復された福音の真実性を試す必要はなくなりました。わたしにとって,ディベートは終わったのです。ただ福音を実践することにより,その実を刈り取りたいと思うだけです。

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J・ウォード・ムーディは1980年にBYUで物理学学士号を取得,1986年にはミシガン大学で天文学で博士号を得た。ミシガン大学宇宙物理学調査研究所で4か月間研究員として勤務,次いで,ニューメキシコ大学天体物理学研究所で2年間,博士課程修了後の研究者として働く。その後,ウィーバーステート大学で2年間教鞭を執った後,1990年にBYUの物理・天文学部の教員となった。優れた教育者である彼は,教科書として使われているPhysical Science Foundations『物理学の基礎』の共著者でもあり,アルキン賞ならびにカール・G・メーザー一般教育プロフェッサーシップを獲得した。双方とも一般教育への優れた貢献に対して付与される賞である。

ムーディ博士は天文学や天体物理学に関する100以上の論文の著者ならびに共著者である。多くは低密度体積における星雲の構造ならびに星雲の核をテーマにしたもので,散光星雲をさらに大きな構造体の探索に用いる方法は,彼の発案によるものと評価されている。ムーディ博士を有名にしているのは,天文学に関する研究論文の出版事業で,天文学会に関する出版としては世界最大の Astronomical Society of the Pacific Conference Series『太平洋天文学会シリーズ』の編集主幹を6年務めた。現在は米国天文学会の出版担当理事の職にあり,天文学に関して世界で最も権威のある2つの出版物,The Astrophysical Journal『天体物理学ジャーナル』とThe Astronomical Journal『天文学ジャーナル』の内容の指導に当たっている。

Posted September 2011